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ハジマリの旅路
03 墜チル 堕チル
どうしたことか。
「ワタシ」は「チキュウ」を離れ、再び旅に出るはずだった。何にも縛られることのない、自由な独り旅。
それが、どうしたことか。
「チキュウ」から「ワタシ」へと、「ニンゲン」たちが近づいている。
幾度となく繰り返されてきた、「ニンゲン」たちの試験的な宇宙への旅立ち。
幾度となく繰り返されてきたけれど、今まで「ニンゲン」たちが「ワタシ」へと近づいて来たことはなかった。
それがただの偶然にすぎなかったのだと、気が付いたときには既に、「ワタシ」はもう宇宙へと戻ることはできなくなっていた。
「チキュウ」から飛び立った有人のロケットは迷うことなく、「ワタシ」へと向かって来る。
慌てふためく「ニンゲン」たち。
ロケットの中の「ニンゲン」たちはもちろんのこと、彼らを「チキュウ」から見守っていた「ニンゲン」たちもその現実に絶望していた。
このままでは、「ワタシ」との接触は免れない。そうなれば、「ワタシ」へと向かって来ている「ニンゲン」たちは死ぬ。そうして彼らの身体は、故郷へと帰ることもできず、この広い宇宙を孤独に彷徨い朽ち果てる。「ニンゲン」たちの歴史に残る、不運な事故の犠牲者として後世に名を残すことになるだろう。
「ワタシ」はゆっくりと、自らの軌道を変えることにした。
有人のロケットを引き離すほどの速さで「チキュウ」を離れることはできなくとも、彼らを避けることは容易い。「ワタシ」は彼らとの接触を免れた。
ロケットに乗る「ニンゲン」たちは喜びの声をあげ、広い宇宙へと旅立って行く。旅立つ彼らの姿が、遠く小さくなっていく。
それは、ありえない速さで。
そう、ありえない。
気が付いたときには既に、すべてが手遅れだった。
有人ロケットとの接触を避けるために変えた軌道は「チキュウ」の引力圏に入り、「ワタシ」は抗うこともできずに「チキュウ」へと向かっていく。
遠くなる、宇宙。
「ワタシ」の故郷。
「チキュウ」では、歓声をあげていた「ニンゲン」たちが、たちまちに騒然とする。
「逃げよう」
「どこへ」
「破壊だ」
「どうやって」
「ニンゲン」たちの声を聞きながら、「ワタシ」は「チキュウ」へと向かう。
1度墜ち始めたカラダは止まることなく、ただ一直線に青い惑星を目指す。
急激に近づいてくる、青。
透き通るような、美しい「チキュウ」の青。
掴むことの叶わない、白く冷たい筋は雲。
雲の中を抜け、風を切るように突き進む。
目の前に広がるのは、宇宙で輝く星々とはまた別の輝きを見せる海。
宇宙にはない、優しい色合いで生い茂る緑。
今まで、遥か遠くからでしか視ることのなかったものがすぐ目の前に迫っている。
「ワタシ」が決して踏むことのなかった大地が、近づいている。
カラダに感じる熱。
地上から見上げる「ワタシ」は、宇宙で視ていた星々のように輝いているだろうか。
燃えるようなこの熱も、どこか少し心地良い。
今までに味わうことのなかった未知の体験を、「ワタシ」は感じている。
「チキュウ」に生きる生き物たちが「ワタシ」を見上げる。
「ニンゲン」たちが「ワタシ」を指差す。
これが惑星。
これが「チキュウ」。
感じる、惑星の空気。
感じる、「チキュウ」の空気。
宇宙とは違う、彩(いろどり)。
「チキュウ」から見上げる宇宙は、「チキュウ」の色と同じように青くどこまでも澄んでいる。
太陽が輝き、地上を照らす。宇宙で感じていたものとは別の、暖かく柔らかな輝き。
宇宙では直接聞くことのなかった生き物たちの声が心地良い。
かつて、惑星へと降り立って行った星々が再び宇宙の旅へ戻ることがなかったのは、この心地良い空気に囚われてしまったからなのだろうか。
この空気は、とても心地良い。
宇宙の旅にはない暖かさ、心地良さが地上にはある。
空を切り、雲を抜け、風を切り、「ワタシ」は向かう。未だかつて触れたことのない地上へ。宇宙の旅では触れられない大地。触れることのない、生き物たちの熱。
「ワタシ」は視るモノ。
この惑星で、「ワタシ」は何を視るだろう。
旅をし続け、視るだけのモノであったはずの「ワタシ」は、初めて惑星――「チキュウ」へと降り立った。
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