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優しさの理由
06 消エル 未来

 夢をみた。
 やさしくて、幸せな夢を。

 それは「わたし」の夢であり、他の誰かの――パパやママの夢であり、誰もが夢見るありふれた未来。

 夢の中では「わたし」は人間だった。

 パパとママと触れ合い、抱きしめ合い、笑い合った。

 ママがパパのために用意するコーヒーの匂いが好き。
 パパはコーヒーの優しい匂い。

 ママが手入れする花壇の匂いが好き。
 ママは、花の匂い。

「――」

 2人が「わたし」を呼ぶ、その声が好き。

 「わたし」を呼ぶときの、その表情も好き。

 抱きあげてくれる大きな腕。
 頬をつつかれる。
 抱きついて、頬ずりして、そんな瞬間が幸せだと思う。


 両親と手をつないで、ママとお揃いの帽子をかぶって道を歩く。
 大きな手は、優しく「わたし」の手を包み込む。

 太陽が眩しくて、風が心地いい。
 何よりも、両親と並んで歩けていることの幸福。

 道のはしに咲く、小さな花。
 聞こえてくる、鳥のさえずり。
 蝶たちが舞い踊る。

 目に映るもの、耳に聞こえるもの、すべてがきらきらと、世界が輝いて見える。

 風が吹き抜け、頬を撫で「わたし」の帽子をさらっていく。

 射し込んだ陽射しに目が眩む。
 さらわれた帽子は舞い上がり、風に乗ってふわふわと「わたし」のもとを離れていく。

 ぐっと、伸ばされた腕。

 「わたし」の帽子を掴み取ったその手は、両親よりも年老いたグランパのもの。

 その姿を目にした「わたし」は、両親の手を離れ、グランパのもとへと駆けていく。

 グランパは「わたし」を抱きとめ、そして抱きあげてくれる。

 高く持ち上げられた身体に、いつもよりぐっと高くなった視線に「わたし」ははしゃぐ。

 「わたし」を降ろしたグランパは言う。

「大きくなった」

 しわの多い手で、「わたし」の頭を撫でる。

 そんなささやかな夢は、誰のものだったのだろう?

 誰もがみる、小さな夢。
 誰もが望む、小さな願い。

 ささやかでやさしく幸せな、誰もが想い描くありふれた未来。

 誰にでも訪れる可能性のある未来。

 「わたし」にも。

 「わたし」にも、その未来が欲しかった。

 望んでも、叶わない未来。
 願っても、訪れることのない未来。

 それでも、たった1度でも。
 たったの1度だけでいいから、夢をみさせてほしかった。

 自分が、愛されているのかもしれないという、夢。

 愚かだと、笑われても構わない。

 たったの1度、もう1度だけでいいから「わたし」に触れてほしかった。「わたし」を呼んでほしかった。

 あなたがつけた「わたし」の名前で。

 嘘であっても構わない。

 たったの1度だけでいいから、「わたし」に笑いかけてほしかった。


 「キョージュ(グランパ)」――


*** 優しさの理由 終 ***

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