前のページへ
1/15
愛を胸に眠る
01 おはよう

 「おはよう、アイ」

 その人はいつも私にそう言う。それはいつも決まった時間、決まったとき――私が朝起きたとき、その人は言う。

「ぉは、よ」

 「おはよう」の言葉を教えてくれたのはその人。
 毎朝言ってくれる言葉だから、覚えることができた。
 朝に言う言葉なのだとも、理解することができた。

 ただ、その人が私に言ってくれるようには、私の舌はうまく動いてはくれない。
 それでも、その人は私の言いたいことを理解してくれる。

 あったかい顔で、きれいな声で、他の大人にはない無垢な心で、私の言葉を喜んでくれる。

 その人は、何も知らないから。
 何も知らされず、ただ私の面倒をみるように言われた、雇われただけの普通の人だった。

 強いていうなら、子供の面倒をみる資格を持っている、ただそれだけの人だった。

 だからその人は、普通の子供に接するように、私にも接してくれた。

 『AI』と呼ばれていた私に、『アイ』という名前をくれた。

 そう呼んでくれる人は、他には誰もいなかったけれど、その人はずっと、最期まで、私を『アイ』と呼んでくれていた。

 その人が『アイ』と呼んでくれるたび、どうしてか気持ちがソワソワして、それが嬉しいという気持ちだと知った。

 その人がいてくれると、ただただ嬉しくて、楽しくて、いなくなったときは、不安で、悲しくて、寂しくて、仕方なかった。

 だって、その人だけだったから。

 私に、無垢な笑顔を向けてくれたのも。
 優しく、抱きしめてくれたのも。
 暗い夜に、「大丈夫」って安心をくれたのも。
 言葉を教えてくれたのも。
 外の世界の話を聞かせてくれたのも。

 全部、その人だけだった。

 私の世界のすべては、その人が中心になって、その人がすべてになった。

 その人のために、笑おうと思えた。
 その人がいてくれるなら、生きていようと思えた。

「みぃ、さ、き、……――」

 その人が――美咲がいてくれたから、私はこの世界を愛することができた。


-1-
前のページへ
シリーズ作品
ハジマリの旅路 優しさの理由
関連作品
∮守り姫∮


© 2017 CHIGUSA WORLD