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愛を胸に眠る
01 おはよう
「おはよう、アイ」
その人はいつも私にそう言う。それはいつも決まった時間、決まったとき――私が朝起きたとき、その人は言う。
「ぉは、よ」
「おはよう」の言葉を教えてくれたのはその人。
毎朝言ってくれる言葉だから、覚えることができた。
朝に言う言葉なのだとも、理解することができた。
ただ、その人が私に言ってくれるようには、私の舌はうまく動いてはくれない。
それでも、その人は私の言いたいことを理解してくれる。
あったかい顔で、きれいな声で、他の大人にはない無垢な心で、私の言葉を喜んでくれる。
その人は、何も知らないから。
何も知らされず、ただ私の面倒をみるように言われた、雇われただけの普通の人だった。
強いていうなら、子供の面倒をみる資格を持っている、ただそれだけの人だった。
だからその人は、普通の子供に接するように、私にも接してくれた。
『AI』と呼ばれていた私に、『アイ』という名前をくれた。
そう呼んでくれる人は、他には誰もいなかったけれど、その人はずっと、最期まで、私を『アイ』と呼んでくれていた。
その人が『アイ』と呼んでくれるたび、どうしてか気持ちがソワソワして、それが嬉しいという気持ちだと知った。
その人がいてくれると、ただただ嬉しくて、楽しくて、いなくなったときは、不安で、悲しくて、寂しくて、仕方なかった。
だって、その人だけだったから。
私に、無垢な笑顔を向けてくれたのも。
優しく、抱きしめてくれたのも。
暗い夜に、「大丈夫」って安心をくれたのも。
言葉を教えてくれたのも。
外の世界の話を聞かせてくれたのも。
全部、その人だけだった。
私の世界のすべては、その人が中心になって、その人がすべてになった。
その人のために、笑おうと思えた。
その人がいてくれるなら、生きていようと思えた。
「みぃ、さ、き、……――」
その人が――美咲がいてくれたから、私はこの世界を愛することができた。
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