5/16
優しさの理由
02 死シテ 生マレテ

 ママの意識が途絶えた。

 ママの声が聞こえない。
 ママの心が聞こえない。

 それはとても怖いことで、底知れない恐怖に襲われる。
 こんなことは今まで1度だってなかった。

 周りにある気配はいつかのように、いつかよりもさらに忙しなく動き回り、ピリピリとした空気が世界を支配する。

 ママ。

 「わたし」は、声を発する方法を知らない。
 だから願った。

 こえを、きかせて。

 だけど、どんなに願っても、ママは声を聴かせてはくれなかった。

 ママ。ママ。

 それでも、「わたし」は願い続けた。
 ママの声を聴かせてほしかった。

「ユキ」

 パパの声が聞こえた。
 パパの手が、ママの手を取る。

 パパが、きてくれたよ。

 だから、声を聴かせて。
 ママの手を握った、パパの手が温かいと感じた。

 パパが来たから大丈夫、そう自分に言い聞かせた。

 光が射す。

 突然、暗闇が切り裂かれ、射し込んできた光が刺すようにイタイ。

 イタイ、イタイ、イタイ。

 痛くて、イタクテ、逃れたかった。

 世界が揺れた。
 身体が壊れそうなほどの大きな音がした。

 壊れそうなのは、「わたし」の身体なのか、それとも「ワタシ」なのか、どちらなのか、どちらもなのか、わからなかった。

 けれど、大きな音が止むと、騒がしかった音が静まり返って、暗闇が戻ってきた。

 パパの声も、ママの声も聞こえなくなった。

 静寂の中、悟った。

 壊れたのは、「ワタシ」。
 もう1つの、「ワタシ」が死んだ。

 そして、「わたし」は生まれた。

-5-
シリーズ作品
ハジマリの旅路
関連作品
∮守り姫∮


© 2017 CHIGUSA WORLD