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優しさの理由
02 死シテ 生マレテ
ママの意識が途絶えた。
ママの声が聞こえない。
ママの心が聞こえない。
それはとても怖いことで、底知れない恐怖に襲われる。
こんなことは今まで1度だってなかった。
周りにある気配はいつかのように、いつかよりもさらに忙しなく動き回り、ピリピリとした空気が世界を支配する。
ママ。
「わたし」は、声を発する方法を知らない。
だから願った。
こえを、きかせて。
だけど、どんなに願っても、ママは声を聴かせてはくれなかった。
ママ。ママ。
それでも、「わたし」は願い続けた。
ママの声を聴かせてほしかった。
「ユキ」
パパの声が聞こえた。
パパの手が、ママの手を取る。
パパが、きてくれたよ。
だから、声を聴かせて。
ママの手を握った、パパの手が温かいと感じた。
パパが来たから大丈夫、そう自分に言い聞かせた。
光が射す。
突然、暗闇が切り裂かれ、射し込んできた光が刺すようにイタイ。
イタイ、イタイ、イタイ。
痛くて、イタクテ、逃れたかった。
世界が揺れた。
身体が壊れそうなほどの大きな音がした。
壊れそうなのは、「わたし」の身体なのか、それとも「ワタシ」なのか、どちらなのか、どちらもなのか、わからなかった。
けれど、大きな音が止むと、騒がしかった音が静まり返って、暗闇が戻ってきた。
パパの声も、ママの声も聞こえなくなった。
静寂の中、悟った。
壊れたのは、「ワタシ」。
もう1つの、「ワタシ」が死んだ。
そして、「わたし」は生まれた。
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