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優しさの理由
03 キョージュ ト イウ人
「わたし」はママの胎内から外へと離された。
それで良かった。
「わたし」の存在はママを苦しめる。「わたし」の存在そのものがママを苦しめていたから。
「わたし」がママから離れてしまえば、もうママを苦しめることはない。
だけどその日以来、「わたし」がママの声を聞けることはなかった。
パパの声も、聞くことができない。
パパの姿も、ママの姿も、1度も見ていない。その理由を、「わたし」は生まれてから幾日も経たないうちに知った。
ママとパパは死んでしまったのだと、「キョージュ」がそう言ったから。
「運が良かったな」
「キョージュ」は言った。
その言葉は「わたし」に向けられたものではなく、「キョージュ」が自分自身を称えているような言葉だった。
「お前の両親は死んだよ」
ガラスに隔てられた向こう側から、「キョージュ」の手が、「わたし」を撫でる。
その手が「わたし」に届くことはなく、「キョージュ」の手が「わたし」に触れることは決してない。
この先の、「わたし」の生の中で1度としてその日、その瞬間はこない――
「おかげで私はお前を手に入れることができた。本当に孝行者だよ、お前の両親は」
そう言う「キョージュ」の悦ぶ感情に、どこか恐怖を覚えた。
パパとママが死んだ事実を、哀しむことなく、むしろ悦んでさえいる「キョージュ」の姿に。
そうさせている、「わたし」自身の価値というものに。
けれど、それをどうにかできる術(すべ)を「わたし」は持ち合わせてはいなくて、閉ざされたガラスの箱の中からは、どうしたって抜け出すことはできない。
「これからは、私がお前の面倒をみよう」
00年10月27日。
パパとママが死んだ、次の日のことだった。
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