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優しさの理由
03 キョージュ ト イウ人
「飯田さん、コレは……」
ある日、「キョージュ」が知らない人間を連れて来た。
27個の水槽が置かれたこの薄暗い部屋に、「キョージュ」が他の人を連れて来たのは初めてのことだった。
「ああ、例の子供だよ」
「キョージュ」が答えた。
「と言うと、あの……」
「そうだ。あの隕石のエネルギー波の影響を受けた子供だ」
知らない人間の視線が、「わたし」から離れない。その手が、何かを「わたし」に向ける。
「ああ、明かりは向けないでくれよ。嫌がるからな」
言われたその人は、すぐに手を下した。
「すみません……」
「そして、あそこにいるのが、この子供をもとにつくった子供たちだ」
「キョージュ」が言うと、ようやく「わたし」から視線が離れた。
そうして、次に目を向けられるのは、「わたし」以外の個体がいる26個の水槽。
「うーん……。こっちの方が人間らしいですね。どちらかと言うと、ですけど」
「やはりか。だが、アレがここまでになったんだ。次はきっと人間になるさ」
「まあ、そうですね……」
言葉ではそう言いながら、「そうだろうか」と、その心は疑っていた。
例え人間のカタチになれたとしても「同じ人間として受け入れることはできない」と、「わたしたち」という存在を拒絶していた。
そんな心の内に声を、「キョージュ」は聞くことができない。
「これから生まれる次世代の子供たちにどんな力が宿るのか、早くこの目にしたいものだ」
「キョージュ」から感じるのは、高揚と期待。
その隣の人間からは、不安と嫌悪。
キモチワルイと、ブキミだと、その感情を躊躇なく「わたしたち」に向ける。
「わたしたち」は、その感情からは逃げることができない。
ガラスに隔てられた水槽の中、27個の視点から27個の水槽を視る。
27個の水槽の中にある、27個のカタマリ。
人間のカタチではないソレが、疑いようもなく自分たちの姿なのだと、受け入れざるを得ない。
確かに人間であるはずなのに、何がそうさせるのか、人間のカタチに形づくらない人間と同じ成分を持ったカタマリ。
それが「わたしたち」なのだと、互いが互いの姿を視るたびに、自分の姿を視るたびに、突き付けられる。
あるモノは、大きく湾曲した腕のようなものが目立つ。
あるモノは足のようなものが3つ。
人間の鼓動のように、規則的な脈動をみせる、カタマリ。
どのカタマリにも、人間のカタチの部分的な形成がみられる。
ある、1つを除いて――
1つだけ、人間のカタチの片鱗さえもミルことのできないものがあった。
それは、ここにあるすべてのカタマリのもととなったモノ。
もとは普通の、ただの人間であったはずのモノ。
ある意味では、ここのカタマリの中で1番純粋な人間であると言えるはずのモノ。
それが、「わたし」。
人間としてのカタチをつくりきれない彼らと、人間のカタチの片鱗さえもみせない「わたし」。
「わたしたち」は知っている。
「わたしたち」は人間にはなれない。
人間のカタチにはなれない。
「わたしたち」は、この水槽から出ることなく、出されることなく、一生を終える。
それは「わたしたち」にはどうすることもできない、抗うことの叶わない運命――
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