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優しさの理由
04 遠イ 背中
何日かが過ぎて、何日もが過ぎて、あるとき「キョージュ」が水槽にラベルを貼った。
26個の個体に充てられたAからZまでの文字。
それが、「キョージュ」たちが「わたしたち」を区別し、管理する手段になった。
けれど、「わたし」のところにラベルが貼られることはなかった。
「キョージュ」は、今度は26個の個体から少しずつ生き物としての情報を盗っていった。
AからZまでのラベルが貼られたシャーレの中に、水槽から盗っていった身体の欠片が入れられていく。
そうして「キョージュ」は、また新たに325個の個体をつくりだした。
増やされた水槽が、室内を埋め尽くす。
ABからYZまで、増やされた水槽にも、ラベルが貼られている。
Aの個体とBの個体、2つの個体を組み合わせた個体であるAB。
どの個体同士を組み合わせているのかわかるように、ラベルにはそういう意味があった。
「キョージュ」は、「わたし」と26個の個体の彼らが、もはや人間のカタチにはなり得ないと、「わたしたち」の成長を見ることを辞めた。
「キョージュ」にとって、「わたしたち」はただの研究対象で、素材でしかなかった。
325個の個体のうち、AからZの個体の情報はどこかしらに存在していたけれど、「わたし」の情報はどこにもなかった。
「わたし」にはもはや、「キョージュ」に利用される価値さえもなくなっていた。
もうずっと、「わたし」が見るのは背中ばかり。
「キョージュ」が「わたし」を見ることはなくなった。
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