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愛を胸に眠る
04 みさき

 「おはよう、アイ」

 目を覚ますと、彼女がいた。

 彼女が来てから、日常になった光景が、今日も変わらずに続いていた。

 彼女がいない寂しさに、幻を見ているのかと思った。

 そっと手を伸ばすと、彼女に触れた。

 本物の彼女が、そこにいた。

「昨日はごめんね。寂しくなかった?」

 ぎゅっと抱きしめてくれる彼女は、たしかに彼女だった。

 いやになったんじゃ、なかったの?

 伸ばした手の先が、彼女の目元に触れる。
 彼女の目は、泣いたあとみたいに腫れていた。

「やっぱり、わかっちゃう?」

 困ったように笑う彼女は、それでも笑うことを止めなかった。

「いっぱい泣いちゃった」

 彼女のそんな顔は、見たくないと思った。
 いつもみたいに、笑ってほしいと思った。

「昨日、連絡がきてね」

 ぽつりぽつりと、彼女は話す。

「マザーが、死んだって……」

 震えそうになる声を、彼女は隠しているのだとわかった。
 だから、気づかないフリをした。

「マザーはね、私の、パパとママの代わりの人」

「私のパパとママは、私がアイくらいのときに一緒に暮らすことができなくなったから」

「ハウスに引き取られてから、マザーがパパとママの代わりだったの」

「兄弟もたくさん」

「私が、保育士になれたのも、アイに会えたのもマザーのおかげ」

「最後のお別れをして来たの」

「ハウスを出た私は、家族でもなんでもないから」

 私が断片的に理解できる彼女の言葉に、彼女も私と同じなのだと思った。

 大切な誰かを、失ったのだと。

 それなのに。

「な……で……?」

 なんで、わらおうとしてるの?

 私は、耐えられなかった。
 「みんな」がいなくなって、ひとり残されて、笑おうなんて気持ちにはなれない。

「な、で……、わぁぅ、の」

 ペタペタと、彼女の顔に触れる。
 大切な人を失って、笑う気持ちになれるのはどうしてなのか。
 私には、わからなかった。

 彼女は、ほんの少し目を見開いて、驚いたような表情を見せたあと、ふっと笑った。

「泣いていたら、マザーに怒られちゃうもの」

 そう言う彼女はどこまでも穏やかな表情をしていた。

「もう会えないけど、もう2度と会うことはできないけど、マザーが教えてくれたことは、ちゃんと私の心の中にあるから」

 彼女の中から、ぽかぽかとあたたかい何かが溢れているような気がした。

「マザーが私にくれたもの、今度は私がアイにあげる番」

 ぎゅっと優しく、抱きしめてくれる彼女はあたたかくて、だけどまだ震えていた。

「ぃっしょ、ね……」

 知らず知らずのうちに、声を出していた。

 私と一緒だね、と。

 大切な誰かを失って、それでもひとり生きていかなければならない彼女は私と同じだと。

 「みんな」はいなくなってしまったけれど、「みんな」がいたこと、「みんな」と過ごしていたことは、私も覚えてる。

 ちゃんと私の中にある。

 彼女は、はっと驚いた顔を見せて、けれどすぐに表情を崩して、ぎゅうと私を抱きしめた。

「ありがと、アイ……。ずっと、一緒にいようね……。アイが1人で生きていけるようになるまで、ずっと……」

 返ってきた言葉に、そうじゃない、と思った。

 けれど、まあいいかとも思った。

 本当にずっと一緒にいられるのなら、彼女なら――美咲なら、いいか、と。

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